伊豆の国市長岡お楽しみ観光ガイド

歴史ある温泉の郷、伊豆の国市長岡。

伊豆長岡は、伊豆半島のほぼ真ん中、そして伊豆の国市の中にあります。鮎の友釣りの発祥地としても知られている狩野川の西。北東部は反射炉で有名な韮山、西北は鯵の干物が美味しい沼津、南東部には、温泉地の大仁や伊豆市に接している観光資源に囲まれた場所です。
伊豆長岡は、一年を通して温暖です。冬の季節は雪が降ることもほとんどありません。夏は狩野川が暑さを和らげてくれますので、過ごしやすく静閑な地でもあることから、別荘も多く点在しています。

観光地としては、1300年も前に湧き出た温泉が今でも伊豆長岡の源泉となって、歴史ある伊豆屈指の温泉地としての有名です。高級旅館や数寄屋づくりの宿が多く、落ち着いた街並みも人気でゆったりとした観光地として、首都圏からも多くのお客さまがいらしています。
平安時代に、源三位頼政の奥方として宮中に仕え、絶世の美女とうたわれた「あやめ御前」の出生地でもあります。

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伊豆の国市長岡の温泉

「美肌」が自慢の伊豆長岡温泉。

伊豆長岡の温泉街は、源氏山の両側にあり、東の古奈温泉。西の長岡温泉に分かれています。
120以上の源泉をもっていて、たっぷりとした湯量が自慢です。

古奈温泉は、平安時代に開湯したと言われている温泉で1300年の歴史があります。
古奈(こな)とは、伊豆の先住民アイヌ人の言葉で「熱い湯」という意味があるそうです。
また、鎌倉時代の「吾妻鏡」という歴史の書にも古奈温泉のことが記載されているそうです。源頼朝が伊豆韮山の蛭ケ小島に流刑地として閉じ込められていた時に、しばしば訪れたと言い伝えられています。
長岡温泉は、明治時代に試掘によって湧水した比較的新しい温泉です。
現在は、このふたつの温泉を総称して伊豆長岡温泉と言っています。
高級旅館も多くて、熱海や伊東に次いで大きな温泉地として成長してきました。
二葉は、この伊豆長岡といういろいろな物語がある地の中で、源氏山の麓に位置していてとても静かな温泉宿として楽しめます。

温泉の泉質

伊豆長岡の温泉は、無色無臭です。柔らかでお肌にやさしい温泉ですので、小さなお子さまにも安心していただけます。
伊豆山の走り湯や修善寺温泉とならび「伊豆三古湯」のひとつに数えられています。
また、飲める温泉としても喜ばれています。「湯らっくす公園」や「姫の足湯」をはじめ、飲泉所があちこちに点在しています。

伊豆長岡には、30軒以上の旅館やホテルがあります。
また「湯らっくすの湯」などの共同浴場も三カ所あります。

泉質:
アルカリ性単純温泉
効能:
美肌、筋肉疲労、神経痛、胃腸病、健康増進、リウマチなど
伊豆の国市長岡 温泉イメージ

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伊豆の国市長岡の観光

見どころ、楽しみどころ、ゆったりどころいっぱい。

一番の観光は、伊豆三古湯にも数えられている温泉ですが、二葉の周りには、歴史と自然がいっぱいの源氏山公園や、360度の眺望が見どころの伊豆の国パノラマパークをはじめたくさんの観光拠点があります。

源氏山

二葉旅館のすぐそばで、歩いて行けます。赤松の林の中に散策路があります。山頂からは田方平野や狩野川を眺めることができます。園内には、あやめ御前が源頼政 追慕の情を託して植えたと言われている「美女桜」の6代目があり樹齢は100年を超えています。

伊豆の国市長岡 源氏山イメージ

伊豆の国パノラマパーク

恋人の聖地にも選定されている「空中公園」はカップルにも人気です。そこまではロープウエイで空中散歩を楽しめます。山頂では富士山や駿河湾、箱根、天城など 360度のパノラマを楽しめます。また、パワースポットの葛城神社もあります。
4月中旬から5月上旬にかけてはつつじ祭りが行われています。

伊豆の国市長岡 伊豆の国パノラマパークイメージ

最明寺

源氏山の西の麓にあって、鎌倉幕府5代執権の北条時頼が開基しました。境内奥には時頼の墓もあります。若くして家督を譲った時頼は、出家して「最明寺殿」と呼ばれました。

伊豆の国市長岡 最明寺イメージ

弥勒堂

古奈温泉側から源氏山に上る途中に立つ、西琳寺の別堂です。
あやめ御前が夫の源頼政を亡くした後に、尼となって住んだ庵跡と言われています。
あやめ御前は古奈で生まれて、後に鳥羽上皇に仕えた宮内随一と謳われた美女です。堂内には、弘法大師の作と伝わる弥勒菩薩が安置され、お堂の前にあやめ御前ゆかりの桜の古木「美女桜」があります。

伊豆の国市長岡 弥勒堂イメージ

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伊豆の国市長岡の歴史

その歴史は平安時代にもさかのぼります。

永遠の神の存在する世界や、広大無辺の空間を指す言葉でもある「高天原」や、多聞屋敷という地名やたくさんの古墳が点在していることから、遠い昔から文化的な人々によって開拓されていたそうです。

長岡という地名は平安時代にさかのぼります。平城京と平安京の間に桓武天皇が短期間都をを置いた長岡京に似ていると、都から流れてきた人々が呼んだことかが由来しているそうです。

また、伊豆長岡の真ん中に据える源氏山は源氏ゆかりの土地であるところから言われるようになりました。

源頼朝の妻あやめ御前は、この地の出身で、宮中一番の美人と呼ばれていました。頼政が平氏打倒の合戦に破れて自害したため。あやめ御前は、故郷であるこの地に戻って、頼政の霊を慰めるために、菩提寺を建てたと言われています。
また、頼政と共に、平家の討伐のため戦った源の頼朝も、この地に足を運んでいます。

平治元年(1159年)に「平治の乱」で平家に敗れて、伊豆韮山の蛭ケ小島に幽閉されていた源頼朝は、伊豆長岡にある古奈温泉にしばしば訪れたと伝えらています。 このこと以外にも、伊豆のあちこちに、源頼朝に関するいろいろな伝説が残っています。

温泉地としての歴史は、平安時代から古奈温泉として、その名が知られていましたが、湧水量が少なくて温泉郷として繁栄するまでにはいかなかったようです。明治41年に長岡で試掘され温泉が湧き出て、だんだんとその区域が拡大されてきて、温泉郷長岡として広く宣伝されるようになったのです。

昭和9年に町制をしいて伊豆長岡町が誕生しました。29年には、旧の江間村と合併をしました。

伊豆長岡はその昔大きな災害にもあっています。昭和33年9月26日。死者行方不明853名という大きな被害を与えた「狩野川台風」という台風22号の影響によって、伊豆長岡も大変大きな被害を受けたのです。
しかし、人々が一生懸命再建することで町は活気を取り戻して37年5月には、葛城山にロープウエイが完成しました。さらには墹之上から珍野を経て口野に抜ける狩野川放水路の画期的な工事も完成して大きな復興を遂げることができました。

平成17年4月1日に、伊豆長岡町大仁町韮山町が合併して伊豆の国市になりました。

伊豆の国市長岡イメージ

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